更年期うつ更年期と子どもの不登校が重なって心身ともに苦しんだ更年期体験談
手足が冷える程度で、特に不調を感じることもなく過ごしていましたが、自宅で血圧を測った時に、「160、98」というかなり高い数値が出たので、「一度診察してもらったらいいだろう」と内科に行きました。診察の結果特に問題はなく
「そろそろ更年期ですね。そのせいで血圧があがったのでしょう。念のために婦人科の診察も受けた方がいいですよ」
と言われ、婦人科にも行きましたが、こちらでも何ともなく、「更年期のはじめでしょう」という診断でした。

その頃外へ出るのがおっくうで、つらく感じるようになっていました。週の半分、早起きしてパートに出ていましたが、夜もなかなか寝付けず、早起きをしなければならないということが、余計に眠れないプレッシャーだったので、朝早いパートの仕事はやめました。仕事をやめても、寝つきが悪いことには変わりませんでした。仕事に行かなくなったら楽になるかと思いましたが、全くそんなことはなく、逆でした。

そんな時に子どもが突然「学校に行きたくない」と言うようになり、「休む」「行く」「休む」を繰り返しているうちに、不登校になってしまいました。私は友だちの子どもの不登校の様子をみながら、不登校はそんなに気にすることではないと思っていたのですが、いざ自分の子どものこととなると、心配が先に立って、食欲がなくなり5キロ痩せました。気持ちに相当影響していたのだと思います。

いつも行っている歯科で、治療のために軽い麻酔をかけられると、心臓がドキドキパクパクして自分自身が驚きました。それからも、心臓がどきどきすることがよくあるようになりました。
心は、暗い重いものがのっかっているような感じでした。わけのわからない苦しさでした。

心臓のことが心配で内科に行って、精密検査を受けました。心電図、エコー、24時間運動負荷心電図、CTなどとりましたが、異常はないということで、ホルモン剤が処方されました。しかし、ホルモン剤は飲む気になれず、もらったままでした。

そういう時に、同居していた母まで体調を崩して入院してしまいました。母も子どもの不登校を心配しすぎたためだと思います。私自身の体調がコントロールが難しい中、母の入院まで重なって、はうような気持で見舞いに行っていました。
「どうして自分だけがこんなに辛いのか、更年期の症状も重なって、不公平だ」という思いでいっぱいでした。

心療内科に行って相談するものの、処方された安定剤は飲む気になれず、どんよりとした状況の中で、どんよりとした心で、なんとか過ごしていました。薬は飲まないのに、定期的に心療内科には行っていました。とにかく誰かに話を聞いてもらいたかったのだと思います。

46歳で閉経しました。生理の出血が少しずつ無くなり、自然な形で無くなりました。そうしているうちに、不登校だった子どもが定時制の学校へ通うようになって、今までのことが嘘だったように明るさを取り戻して、学生生活を楽しむようになりました。その明るさに私もホッとして、体調も落ち着いてきました。
私の不調を家族がせめることなく、「仕方がないこと」と受け容れてくれていたことは感謝しています。夫は、そんなに私のことを心配してくれていたわけではありませんが、不調で家事ができない時も何も言わないでいてくれました。

今から考えると、更年期の不調の波と子どもの不登校が重なって、心と体の不安定が加速していたように思います。

もうこの苦しさから抜け出すことができないのではないかと思っていましたが、自然に楽になることができました。

でも、心療内科でいただいた安定剤はいつももっています。苦しい間もあまり薬を飲みたくなくて、時々しか飲みませんでしたが、持っているという安心感がなぜかあったのです。

だから絶不調を抜け出した今でも、なぜかお守りのように持っておきたいのです。

不調を経験したからこそ、今を大事にしたいと思うようになって、自分で気分転換することや、体のために運動することを優先的に考えるようになりました。そしてフラダンスも習いに行っています。
フラダンスのおおらかな雰囲気や、そこの仲間とのつながりがうれしくて、楽しんでいます。

あの苦しい時を通らなかったら、現在こんな心境ではなかったと思います。私は自分が心の病気になるとは、思ってもいませんでしたが、更年期は思ってもいないことが起こるのですね。
これからも思ってもいないことが起こるかもしれませんが、あの時を乗り越えられたので、これからも乗り越えられそうな気がしています。