閉経後心が下向きになった時に更年期障害が重く出た明子さんの更年期体験談私は40代後半で生理不順になり、50歳の夏に閉経しました。生理がなくなったのを寂しいと思う反面、旅行に行く時に気にしなくても済むとサバサバした気持ちもありました。その頃に更年期を感じる症状がとりたててありませんでした。

しかし52歳の時「私の存在って、何?」と自分の人生に疑問を持った時からおかしくなりました。
下の子も社会人となって離れた所で就職し、上の娘も結婚して出産を控えた6カ月を迎えて、私に頼ることもなくお産の準備を楽しみながらしているようでした。2歳年上の夫は仕事に忙しく、帰ってくるのは毎日日付が変わってから。週末も接待ゴルフだ、展示会だと、ほとんどいなくて、顔を合わせるのは朝ごはんの時だけでした。

子どもは巣立ち、夫は仕事だけが生き甲斐のような生活で、介護を必要としている肉親もいないので、私はただ家事の繰り返しだけで1日が終わっていくことに物凄くむなしさを感じました。
その時から「何もしたくない」という思いになり、夜眠れなくなりました。朝方にやっとウトウトしたら、もう夫の朝食の時間で、ボッーとしたまま夫を送り出すと、ベットに戻り眠りなおしていました。お昼過ぎて顔を洗って食事をしても、また何もせずゴロゴロとして過ごすようになりました。

それまで掃除洗濯など1日も欠かしたことがなかったのに、まず掃除ができなくなりました。洗濯はしなければまわらなくなるので、夕方までに干せばいいという感じでした。買い物などの外出ができなくなりました。次第に台所の食器も洗うことができなくなり、ただ寝て過ごしていました。
さすがに私の様子の変化に1か月ぐらいしたら夫が気づきました。「どうした?」と聞いてきても何もこたえることができず、寝続けていました。すると翌日娘が心配して来て、病院に行った方がいいよ、という話になり、娘が調べて後日神経科に連れて行ってくれました。

病院では問診と心理テストの結果、更年期の症状である「鬱」か、子どもが巣立った後の「空の巣症候群」のどちらかとのことで、軽い抗うつ剤と睡眠導入剤を処方されました。婦人科でホルモン値を調べてもらう方がいいともアドバイスされました。

とりあえずは処方された薬を飲むと、1週間ぐらいてで効いてきて、夜ぐっすり眠れるようになりました。
寝れるようになると家事をしようという気力がわいてきて、買い物に行くのですが、人と会うと急に顔がほてって、汗が噴き出すという症状が出てきました。家の中にいると大丈夫なのですが、外で人と会ったりすると、突然やってくるのです。
「それはホットフラッシュという更年期障害よ」と、同じ年代には経験者が多くて「婦人科に行って相談した方がいいよ」と忠告してくれました。神経科にかかってから5カ月たっていました。神経科の先生からも婦人科へ行くことをアドバイスされていましたが、婦人科は内診があるため、何となく行きづらく、婦人科の検診も全く受けていなかったので、なかなか足を運ぶ気になれませんでした。
しかしホットフラッシュの症状は一向に良くなる気配はないので、覚悟を決めて婦人科に行きました。

検査の結果、やはりエストロゲンの値が低下しているということで、ホットフラッシュにはホルモン補充療法(HRT)をまず2か月行って効果があるようなら、続けてみるという話の流れになりました。
ホルモン補充療法をはじめて1週間で、ホットフラッシュの症状が楽になりました。
さらに心に重く暗いものがのしかかっているようだったのに、その重みがとれて、世界が明るくなったように感じて、抗うつ剤も睡眠導眠剤も必要なくなりました。

それぞれの道を生きている家族の中で、「私の存在って、何?」と思った時から、私の心のバランスはくずれていきました。しかし夫も娘もそんな私のことを心配してくれたことが嬉しかったですが、家族の中で生きる自分に価値を求めるのではないということに気が付きました。
今までの人生は、子どもと夫のために生きてきました。まだこれから三分の一以上私の人生は残っています。これからの人生は、自分のために生きようと思っています。

私は本を読むことが好きで、「いい声」とほめられたことがあります。
「いい声」と言ってもらえることをいかして、音訳朗読のボランティアをはじめました。視覚障害の方のために本の内容を音声ファイルにします。そのための勉強会もあり、どうしたら伝わるように朗読できるか、工夫しています。自分で読んでほしいと思う図書をすいせんすることもできます。そのために本をさがすことも楽しいです。自分も楽しみながら、お役に立つことができる趣味というか奉仕をみつけて、はりきっています。
旅行も好きなので、ボランティア仲間や友だちとプチ旅行や、旅行も楽しんでいます。