更年期と母親の死の喪失感が同時に来た私はフリーライターの仕事をしています。夫とは一人息子が5歳の時に離婚して、両親と同居していました。
仕事が軌道にのりかけた39歳の時に母が倒れ、自宅で介護をする生活がはじまりました。
その後息子は、高校に入りたての15歳で不登校になり、大検を経て、大学に入りました。

息子の不登校から、引きこもり、大学受験までの大変な日々、自分の仕事、母親の介護と、様々なことが重なって、私の40代は多忙すぎる中で過ぎていきました。「私が頑張らなければならない」と「一日一日闘っていた」という言葉がふさわしいような、ただ我武者羅に過ごしていました。自分のことは、どうしても後回しになって、ただ家族のためにみんなのためにと生きていました。

2年前、私が51歳になった時に、10年以上介護をしていた母親が亡くなりました。
それから、私には得体の知れない不調の波が次から次に襲ってくるようになり、絶不調の中にあります。

母親の死が、これほどこたえるとは思ってもいませんでした。
『親を亡くして鬱になるなんて、いい年して軟弱だ』とある友人に対して思っていましたが、いざ自分が経験してみると、そう思ってしまったことをとても申し訳なく思いました。親が亡くなる喪失感の重さが私を打ちのめしました。

そして母親の死に重なって、それまで頑張りすぎていたツケのように、更年期の症状が次々に出てきました。
二つが重なることは、言いようのないすごいつらさでした。

母親の死と更年期で、やり場のない怒り、不条理感に襲われ、精神のバランスも崩してしまいました。

すぐ怒りがわいて出て、イライラしてしまいます。対人関係の力も下がって、友達とすぐ喧嘩になり、何人も絶縁してしまいました。

仕事を頑張ろうと集中しようとしても、集中できず、今までの何倍、何十倍の時間がかかってしまいます。頑張ろうとしても仕事は進まず、心だけあせって、何もかも嫌になってしまいます。頑張ろうとしても空回りばかりで、結局何もできていないという結果で…
息子が不登校になって、一時家の中に引きこもっていましたが、その気持ちがよくわかっりました。ヒマそうに見えても、頭や心が常に動いていて、本人はすごく忙しいいのですよね。
 
何もできないのに、毎日クタクタに疲れ切ってしまい、1日に使えるエネルギーの総量が極端に減っている感じがしました。
うつ病になったのかな、と思っていました。その後「更年期のせい」と思って、ちょっとほっとしました。

息子は10代はとても不安定でしたが、20歳を過ぎてから「独りで歩けるようになった」と感じました。
私が次から次に不調の波にのまれて、落ち込んでいる私を励ましてくれるほどでした。その成長はうれしかったです。息子の前で涙を流して、どうしようもない気持ちを訴えました。

更年期の様々な症状の中で、自分の限界が身もふたもなくわかりました。
汗が出たり、ほてったり、冷えたり、腰が痛くて歩けなかったり、仕事ができなくなったり、ようやく、自分の体に関心が向いて、自分のことを思うようになりました。
「自分のことを大切にしなさいよ」と全身の症状が注意信号を与えてくれるのだと思います。
様々な不調の襲来で、未来に対しての意欲とか野心とか、そんなこともそぎおとされましたが、それはそれでよかったのではないかと思います。
それまでの私は、「私が頑張りさえすれば何とかなる」と、とても勢力的に生きていましたが、人生を生きるとは、そういうことではない、と気づきました。
自分を愛して、自分のことをまず大切にしなきゃあ、ほどほどに無理をせずに生きようという心境になっています。
更年期というわけのわからない辛さを経験していなかったら、今もまだ突っ走っていたかもしれません。

更年期を通して、人生を達観するのだと思います。

私の更年期の症状、障害はまだ終わったわけではありません。

「更年期のトンネルは60歳まで続く」とも言われますが、自分が変わっていくことで抜けられそうな気がしています。